実行されなくて良かった「ダウンフォール作戦」とは

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1941年(昭和16年)12月8日、日本海軍はハワイ・オアフ島の真珠湾を奇襲攻撃し、日本陸軍はマレー半島に奇襲上陸した。日本政府はアメリカ、イギリスなどに宣戦を布告し始まった太平洋戦争

日本人犠牲者は、軍人230万人、民間人80万人の合計310万人と推算されその9割が戦争末期に集中して亡くなられたと言われてるんだって。

太平洋戦争の悲惨な出来事は、沖縄・広島・長崎だけではないのだけれど

1945年(昭和19年)6月23日 約3か月間の沖縄戦終了( 約19万人が亡くなったと推定 )
1945年(昭和19年)8月6日  広島に原爆が投下される(約14万人が亡くなったと推定)
1945年(昭和19年)8月9日  長崎に原爆が投下される(約7.4万人が亡くなったと推定)
1945年(昭和19年)8月14日  ポツダム宣言を受諾し降伏
1945年(昭和19年)8月15日 玉音放送により敗戦放送(終戦の日)

一般的に8月15日が「終戦の日」として日本では認識されているが、アメリカなど多くの国では、1945年9月に終結したと認識されているようだ

本土への空襲や原爆投下などを経て、8月14日に降伏したのだけれど、もしその時に降伏していなかったら、さらにおぞましいアメリカ軍の計画があったことをご存じだろうか??

その名も「ダウンフォール作戦」

ダウンフォール とは、「破滅、滅亡」を意味し、降伏しない日本に対して大量破壊兵器や毒ガスによる無差別攻撃など、文字通り日本国そのものを滅亡させる目的で命名されたんだって・・・

「ダウンフォール作戦」 は、1945年11月に計画された「オリンピック作戦」と、1946年春に計画された「コロネット作戦」に分かれていたらしい。

「オリンピック作戦」は、宮崎海岸(宮崎)、志布志湾および吹上浜(鹿児島)の3地点から上陸して南九州に航空機の基地を確保する作戦で、主力である陸軍の第6軍57万人(戦闘要員34万人と支援要員23万人)が、上陸部隊として投入される計画だった。侵攻前から、第3艦隊、第5艦隊、極東航空軍、第8航空軍および第20航空軍による、絶え間ない艦砲射撃や空襲といった緊密な上陸支援が予定されていた。上陸後の各部隊は、海と空からの支援を受けながら北上して南九州を制圧する。そこにB29などの航空機基地や海上封鎖のための海軍基地を設営して、コロネット作戦に備える予定だった。

「コロネット作戦」 は、九十九里浜(千葉)と相模湾(神奈川)より関東平野に上陸して首都・東京の制圧を目指す作戦で、第1軍と第8軍が空海の支援の下で、九十九里浜と相模湾から上陸して、東と西からの挟み撃ちで東京を占領する予定だった。一部は北上して南北のルートを断ち、日本の増援部隊を阻止する。上陸開始日の兵力は52万人(戦闘要員36万人と支援要員16万人)、その後のヨーロッパ戦線からの再配備を含めた総兵力は100万人以上ともいわれている。侵攻前の180日間、東京湾一帯の防御陣地を艦砲射撃と空襲で壊滅させておく計画もあった。

この 「ダウンフォール作戦」 が実行されたら、25万人を超える犠牲者がでると想定もあったそうだ。

この 「ダウンフォール作戦」 は、日本軍の降伏と戦闘中止命令がでて実行されなかった作戦。
最後の最後まで・・・。戦争ってむごいね。

各国で認識の違いがあるようだけれど、明日8月15日は、「終戦の日」。
改めて戦争を繰り返さないと考える日だと思う。

二度とこんな悲惨な戦争は繰り返してはいけないね



今日の活動記録~
昨日ワクチン接種2回目だったので、じっとしていました。熱も若干出ましたが今は落ち着いています。
とりあえず2回目を打ててホッとしました

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おっさんのドタバタ奮闘記ブログ